2011年2月3日木曜日

区別が出来ない日本人!相撲の八百長、野球賭博事件!お金や利益が第一のプロ、野球やサッカーなどあっても不思議じゃないのでは?


プロレスリングであれば、こんなに騒がないのであろう?
 問題は、「国技」これが明確になっていないから国民は、「国技が八百長しても良いのか!」と言う話になる。野球やサッカーであったらこれほどは、騒ぐまい。「あるかもわからないなぁ~」と国民は、思うだろう。
 プロだから「営利第一」であることは、間違いないが「国技」「相撲道=武道」と国民が思っているから’ない’と信頼しているから不満もでる。・・・・思わせぶりだから、このようなことになる。

 今こそ、「国技とは、武道とは、」を明確にするべきときが来ている。
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枝野幸男官房長官は3日午前の記者会見で、大相撲の八百長メール問題に関し、日本相撲協会が新たに公益法人の認可を受けられるかどうかについて「八百長が蔓(まん)延(えん)しているような法人であれば、公益認定は難しいと言わざるを得ない」と述べた。

 枝野氏は「広く国技として受け止められている大相撲に対し、国民の期待と信頼を裏切るもので、大変遺憾だ。
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と言うことだが、法人・・・の問題でなく。国民が信じているモノの問題である。
                           世界拳法会連盟会長 大橋千秋

PS:数日前に国士舘大学中島豸木教授(柔道、障害者武道協会代表理事)と似たような話をした。
 「総合格闘技は、新しいものじゃないよね。我々が若いころは、世界でノールールの真剣勝負をして武道を広めてきたのだから、新しくないよね。名誉をかけ闘うのだから、八百長など考えもつかない!格闘家には、許されても”武道家には、許されない者”がある。柔道でも柔道屋と柔道家ある!野球で怒ってバットをおれば、意気込みがあると見られるが!剣道で怒って竹刀をおれば、退場どころでなく!人格まで指摘非難される。これが、武道家と区別される所以だ。
  また、ゆっくり一晩掛けて話そう!ということで終わった。
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参考:新田一郎(東京大学教授・相撲):わたしは、歴史学が専門なので歴史的に分析すると相撲
=武道とするのは、間違いである。もともと相撲は、見世物であり娯楽であり「武士の営
為」ではなかった。従って芸能民と並ぶものであった。しかし、「国技」と称されるように
なり神事との関わりを深めさせようという働きにより「武道」の価値があるかに見えた。
東大の相撲部の監督であるが「相撲をする人」=「武道をする人」では、ない。武道
とは、異なる価値を有するものである。(第39回に本部同学会でのこの発表には、多くの同意が各先生から得ら
れ空手をする人=武道ではない!と発言された。)

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