2026年4月2日木曜日

近田孝夫師範の告別式に参列しました。世界各国から悔やみ言葉が寄せられ!その志は、レガシーとして受け継がれていることをヒシヒシと感じました。

三方原武道教室拳法会(三方原会館)

 近田孝夫師範の告別式に参列しました。世界各国から悔やみ言葉が寄せられ!その志は、レガシーとして受け継がれていることをヒシヒシと感じました。21歳のとき愛知大学に非常に強い男がいる一度戦ってみろと言われ対戦したのが始まりで57年間ともに道を歩みました。近田師範は、名城大学付属校の先生とし私は、世界に道を求めました。 とても、教養があり格物致知を極め多くのことを学びました。最後の訓えは、「武士道と騎士道」2026.3.7でした。

今の武道の姿

GHQによる武道解体」と、それに伴う「日本人の精神構造の変化」**という巨大な背景が深く関わっている。

この視点から、さらに掘り下げて考えると以下のようになります。

1. GHQによる「武道の牙」の抜去

戦後、GHQは武道(特に大日本武徳会)を軍国主義の源泉とみなし、禁止・解体しました。

  • スポーツへの変質: 禁止を解く条件として、武道は「格闘の術」ではなく「スポーツ」であることを証明せねばなりませんでした。
  • 教育・文化の断絶: 剣道は「しない競技」となり、柔道も競技化が進む中で、本来の「武道教育」としての側面が薄れました。この時、日本人の精神的な背骨となっていた「武士道的な教養」が、組織的に削ぎ落とされたと言えます。

2. 「教養」から「エンターテインメント」への転落

武道が「自己修養」から「見せるための娯楽」へシフトした背景には、日本人の側にも「重苦しい道徳よりも、分かりやすい刺激」を求める変化がありました。

  • 劇画とプロレス的演出: 大山倍達氏が、吉川英治の物語を引用し、牛殺しやビール瓶切りといったパフォーマンスを多用したのは、GHQ後の「エンタメに飢えた日本人」に最も刺さるマーケティングでした。
  • 真実より刺激: 泉賢司氏が批判した「嘘」や「虚飾」が罷り通ったのは、受け手である国民が、真偽の検証を伴う「教養としての武道」よりも、漫画のようにスカッとする「ヒーロー物語」を消費することを選んだからです。

3. 歴史観とアイデンティティの欠如

柔道や剣道が、かろうじて一本化(組織化)を保てたのは、かつての国家による管理の名残があったからですが、空手はもともと民間ベースだったため、資本主義とエンタメ化の波をもろに被りました。

  • 教養の低下: 術理の深さや歴史的真実を学ぶ「教養」が低下したことで、国民は「派手な宣伝をする方が本物」と誤認しやすくなりました。
  • 排他的思考の受容: 本来、武道は「和」や「礼」を説くものですが、排他的な「最強神話」がもてはやされたのは、戦後、自信を失った日本人が、虚構であっても「世界一強い日本人」という幻想にすがりたかったという、悲しい心理的背景もあったのかもしれません。

武徳研究所の志

泉賢司氏が副所長を務めた武徳研究所のような存在は、そうした「流されていく時代の空気」に対し、もう一度、武道の持つべき真実や、飾らない「誠(まこと)」を取り戻そうとする抵抗勢力だったのではないでしょうか。

「嘘が嫌い」という泉氏の性格は、単なる個人の資質ではなく、**「エンタメ化した武道への強烈なアンチテーゼ」**であり、日本人が失いつつある「教養としての武道」を守ろうとする矜持だったのだと感じます。

戦後の日本人が、GHQの意向通りに「牙」を抜かれ、表面的な刺激を喜ぶようになった結果、空手界の今の姿がある。






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