ラベル 浜松 武道 三方原 空手 拳法 積志 笠井 神久呂 可美 三方原 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2011年11月25日金曜日

浜松笠井積志武道教室でネパール拳法会が戸山流の稽古

ネパール拳法会が平和維持軍士官の強化の為、浜松笠井積志武道教室(浜松市笠井公民館ホール)において戸山流居合道の稽古。 刀武会の藤川憲治先生により今日も稽古しました。明日は。試し斬りの稽古をして総仕上げをします。画像を追加







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2011年6月15日水曜日

体罰について「体罰と愛のムチ」は、同じか?「浜松武道教室」

「体罰」と「愛のムチ」は、同じだろうか?以前、ネパールの武道研修生のブペンドラ指導員にたずねてみた。ネパールでも「愛のムチ」と言う言葉は、あり「愛のムチである体罰は、必要」だとわたしに答えた。




 指導をする上での「愛のムチ的な体罰」は、肯定できるのだろうか。


最近、私なりにその答えを見つけた。それは、「愛のムチ」「体罰」は、異質のもので"="(イコール、同じ)ではないと言うことに気がついた。また、また、体罰を"悪"とする風評も間違い であると考える。悪いことをした子どもに罰を与えるのは、当然ののことであり「罰」を与えなければ心底から気がつかない。言葉で分らないものは、げん骨でも分らないが「痛み」は、理解できる。「悪い」と言うことを体感する。そして、悪い好意をすることに注意を払う。




  「体罰」は、良いことであって悪いことではない!


この行為は、愛のムチと称する行為とは、異とする行為であることにも気がついた。この行為を美化したり間違えて置き換えてはいけないと思う。


 鞭は、西洋では、牛追いなどが使用したり鞭打ちの刑などにも使われた。日本にも百叩きの刑などがあったがこれは、愛の鞭とは、考えらない。教鞭をとるという言葉があるがそもそも日本の寺子屋には、黒板がないのだから指揮棒もなく指揮棒が鞭になったのは、近代の日本と考える。おそらく乗馬から「ムチ打つ」の由来が来ているのだろうと考える。100mを6秒で走る馬に「ムチ打つ」ことで5.8秒で▲0.2秒縮める能力を引き出すために鞭打つのである。これらの流れからも、愛の鞭などとすりかえたり美化しない方が良いと考える。 愛のムチと称して与えた指導者も「本当に良くなってくれるだろうか?ケガは、ないか?この行為は、正しいか?」と夜も眠れないほど悩み「過度のストレス」を感じる。「愛のムチ」などは、し無い方が楽である。


 ※最後に、教育的な体罰行為などは、全て愛情を持って行なう行為であると思うが「慣れていない人と!感情的!」にやる人は、資格のない人である。自身がシゴキで鍛えられた経験、しかられた経験が十分でないと「怪我」の原因になるし「事故」にもつながる。最近、叱り上手な指導員や先生をほとんど見ない。 社会の風潮で「体罰」を悪いことに成っているからである。褒めてやることも大切だが叱る事も大切だ。もし、「叱る」こと「体罰」が上手で経験が十分ある先生がいたら率先して学ぶようにした方がよい。高校時代の私の剣道の先生に長嶺耕史先生がいた。かかり稽古で突き倒されたり投げられたりしてフラフラになったとき、そっと抱いてくれて小声で「良くがんばった!」と囁いてくれた。高校1年の時と思うが今までにない感動と奮い立った!


                         全日本拳法会最高顧問 大橋千秋

2010年6月17日木曜日

拳法会自慢の子ども達! 浜松市の三方原拳法会で!


緑帯、茶帯となると実技では、見ているお母さんから歓声があがるほどである。この日も10名程度の新入会員がいた。もちろん父兄も見ていた。側転、地上回転などアクロバット的な動きに新入会員のお母さんもビックリだが実戦技術のデモンストレーションでは、拍手と驚きの歓声が上がった。体格、運動能力、稽古量が十分の選手達!みんな、このような先輩を目指す!
 〇幼児は、基礎運動能力。
 〇小学生中・高学年は、学習能力。
 〇中学生は、人間力。
非行に走る時期もこのあたり!親の責任重大時期!
 現在の学校教育では、解決できない問題を抱えている。これを補う為に拳法会は、大人気で満員!!拳法会三方原武道教室 053-439-0909(NPO法人内)