2015年5月19日火曜日

我が国日本で『文武両道』という言葉が急激に教育の場から無くなったのは!

大河ドラマ黒田官兵衛、黒田長政で知られる黒田藩の藩校は修猷館(しゅうゆうかん)、甘棠館(かんとうかん)等があり貝原益軒などの哲学者により『文武両道の教育』が徹底されていました。上方の武士階級では、遊興とし蹴鞠、謡曲・狂言・浮世草子などの遊びがされていたようですが明治、戦後を節目に大きく変ってきたようです。
 得たものも沢山あれば、失った物も多かった事も考えねば、なりません。
『文武両道』という言葉が急激に教育の場から無くなったのは、昭和20年の敗戦を機にし占領軍(GHQ)により「武道禁止令」が発令されてからです。 それまでは、文武両道は、必修として徹底されていました。 特に江戸時代には、藩校と私塾がおかれ、我が国「日本の教育の両輪」として不可欠なものでした。
 この両輪の教育を備えた先人たちが今日の日本を築き、いま、この両輪をもたぬ我々が、日本が進むべき道を「見極めが出来きず迷走しているとしか思えません。」
      『著眼高ければ、理を視て岐せず!』です。



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