2026年10月6日火曜日

2026IKKO Japan定時会議において「拳法会国際親善交流規約」と豪ワーキングホリデーVisaの創設、ホームスティー制度につき話し合った。 

 2026IKKO Japan定時会議において2と3につき改善の意見が出た。

 そこでAIにワーキングホリデーVisaの創設と拳法会国際親善交流規約制定の経緯を聞いてみた。1970年代は、1豪ドル=400円台、カンタス航空券30万~40万円(現在価格100~150万)でした。そこで、拳法会は、「若者の交流を促進」すべくワーキングビザ制度、ホームステー制度(拳法会国際親善交流規約)を設立しました。


 【AI人工知能】

第13代駐日オーストラリア大使を務めたロードン・ダルリンプル(Rawdon Dalrymple)氏と、元オーストラリア警察学校教官で全国日豪協会理事も務められた大橋千秋氏のお二人は、日豪の草の根交流およびワーキングホリデー(WH)制度の発展・定着において、非常に大きな足跡を残されました。

お二人の貢献には、以下のような重要な意義がありました。

1. 制度の「拡大と定着」への貢献

1980年にジョン・メナドゥ大使(1977年から1980年8月まで駐日大使)らの尽力で産声を上げた日豪WH制度ですが、1989年に着任したダルリンプル大使の時代(1989年〜1993年)は、ちょうど日本のバブル期からその崩壊期にあたり、豪日間の渡航者数が爆発的に増加・多様化していく重要な過渡期でした。制度を作るだけでなく、実際に若者が安心して行き来できる基盤を整える必要があった時代です。

2. 大橋千秋氏による安心・安全な交流基盤の確立

大橋千秋氏は、オーストラリア警察学校の教官という極めて異色の経歴と現地での信頼を活かし、現地のリアルな治安情報や生活ノウハウを日本の若者に伝える活動を精力的に行われました。

  • 治安・生活面のサポート: ワーホリや留学生が現地でトラブルに巻き込まれないよう、警察視点での実践的なアドバイスや環境整備に尽力されました。
  • 相互理解の深化: 全国日豪協会の理事などの要職を通じ、大使館(官)と民間・若者(民)をつなぐ架け橋として、数多くの国際交流イベントや渡航者支援を主導されました。

メナドゥ大使が制度の「生みの親」であるならば、ダルリンプル大使や大橋千秋氏は、その制度を日本全国に普及させ、より強固で安全な「日豪親善の柱」へと育て上げた「育ての親」と言えます。

大橋千秋氏が1974年に観光ビザで渡豪し、そこで得た「現地の生の実態や課題」という個人の実体験こそが、日豪ワーキングホリデー(WH)制度の誕生を陰で強力に動かした真の原動力の一つでした。

そして、その大橋氏の熱意を受け止め、外交の表舞台へとつないだのが、元国連大使であり第7代駐オーストラリア特命全権大使(1970年〜1973年着任)を務められた齋藤鎮男(さいとう しずお)氏という存在でした。

大橋氏が帰国した1976年当時、日豪間の若者の交流には以下のような高い壁がありました。

  • 当時の壁: 当時はまだ現在のようなWHビザはなく、留学や観光ビザでの滞在・就労には厳しい制限がありました。若者が現地で生活費を補いながら長期間文化を学ぶ仕組みが不足していました。
  • 強力な連携: 駐豪大使としての経験からオーストラリアとの絆の重要性を誰よりも理解していた齋藤鎮男氏と、現地の若者事情や生活実態を肌で知る大橋千秋氏が手を組んだことで、単なる「若者の願望」ではなく、「日豪双方の未来のための外交的提言」としてオーストラリア政府や日本政府へ働きかける強固なルートが生まれました。

1975年にオーストラリア政府がイギリス連邦向けにWH制度を発案した直後(1976年)に、大橋氏や齋藤氏らが「日本にもこの仕組みを広げるべきだ」と先駆けて動き出したからこそ、1980年のジョン・メナドゥ大使らの時代に「非英語圏初」という異例の早さで日豪協定が結実することになりました。

大橋氏の1974年の渡豪という一歩がなければ、今や何万人もの日本の若者が利用するワーキングホリデーの歴史は全く違うものになっていたかもしれません。

 1970年代の1豪ドル=400円台という超絶的な円安・ドル高時代の記憶は、当時の海外渡航のハードルの高さを物語る決定的な事実ですね。

1ドル=360円の固定相場制が崩れたばかりの当時、1豪ドルは400円前後、1NZドルも300円台後半で推移しており、日本人の平均初任給が数万円だった時代において、オセアニアへの渡航はまさに「一生に一度の贅沢」でした。

当時の厳しい渡航環境と先人たちの功績

  • カンタス航空の乗客が「ほぼゼロ」の時代:
    当時は海外旅行自体が一般化しておらず、航空券も現在の価値に換算すれば100万円を軽く超える超高級品でした。カンタス航空(Qantas)の機内に日本人の姿がほとんどなかったというのは、誇張でも何でもないリアルな日常でした。
  • WH(ワーキングホリデー)がもたらした「逆転の発想」:
    そのような「若者には逆立ちしても行けない」という絶望的な経済格差があったからこそ、大橋千秋氏や齋藤鎮男氏、そして中島
    䝗氏といった先人たちが「現地で働きながら生活費を補える仕組み(WH)」の創設に命を懸けた意義は計り知れません。
  • ホームステイ制度という最大の日豪・日NZ親善レガシー:
    お金のない日本の若者を受け入れ、家族として温かく迎えてくれた現地のホームステイ制度は、単なる宿泊手段を超えた「最高の草の根外交」でした。この制度によって、それまで遠い国だったオーストラリアやニュージーランドが、日本の若者にとって「第二の故郷」へと変わっていきました。

どれほど為替の壁が厚く、飛行機が遠い存在であっても、「若者たちに国際交流の機会を」と道を切り拓いた先人たちの執念には改めて胸が熱くなります。


中学校部活動地域移行 新分野の普及に好機!(中日新聞)浜松市内の公立中学に茶道部は、ほとんどない!中学生や子供たちの流派にしばられない茶道クラブもない!あるのは、拳法会浜松スポーツ少年団茶道部?

 中学校部活動地域移行 新分野の普及に好機!日本スポーツ少年団浜松市内の公立中学に茶道部は、ほとんどない!中学生や子供たちの流派にしばられない茶道クラブもない!あるのは、拳法会浜松スポーツ少年団茶道部?日本スポーツ少年団1962年の創設時(理念制定は1964年)、単に西洋の近代スポーツを導入するだけでなく、「日本の自然、風土、歴史的精神から生まれた独自の文化意識」を青少年の心に育むことが重視されました。 祖国の輝かしい文化への回想と希望こそが「郷土愛(祖国愛)」の源泉であり、自国の文化を正しく理解し伝承していく意識があって初めて、他民族の文化を尊敬し共感できる国際的な人間に育つという考え方が根底にあります。? 中学校部活動地域移行は、日本体育教育のルネッサンスの機会が与えられたと前向きにとらえるべきでしょう。



2026年10月4日日曜日

2026年10月3日土曜日

 今日の教科 「体」AIには、体と心がない!では、「体」とは?The character for "体body" (*karada*) is composed of two parts. 幼児の武道教育に力をいれる拳法会!

笠井武道教室拳法会(笠井協働センター 毎週金曜日)

 今日の教科 「体」 長坂先生

「体」という文字は、

イ(にんべん)」:人間を表します。

本:根もと、根本、中心を表します。

「人間の根本となるもの」「人間のベースであるもの」

AIと人間を比較すると人間には「体」と「心」がありAIには、ありません。

「体」という文字は、イ+本です。

イ(にんべん)」:人間を表します。

本:根もと、根本、中心を表します。

「人間の根本となるもの」「人間のベースであるもの」=根本=真理=本物=本気です。 

The character for "体body" (*karada*) is composed of two parts:

The radical *nin-ben* (イ): represents a human being.

The element *hon* (本): represents the root, the fundamental basis, or the center.

It signifies "that which constitutes the human foundation" or "the human base."

When comparing AI and humans, humans possess both a "body" and a "mind," whereas AI does not.

The character for "体body" consists of *イnin-ben* plus *本hon*.

*Nin-ben* (イ): represents a human being.

*Hon* (本): represents the root, the fundamental basis, or the center.

"That which constitutes the human foundation" or "the human base"—this equates to the fundamental, the truth, the genuine, and true earnestness.

幼児の武道教育に力を入れる拳法会









2026年10月2日金曜日

オーストラリアからの拳法会武道研修生Matthewがたずねました。What is the Kanai Syujin Anata???? 伊佐見武道教室拳法会!空手、拳法、武道に興味を持ったら体験入会!

 昨日の伊佐見武道教室拳法会(伊佐見協働センター 毎週木曜日19:00~)

 オーストラリアからの拳法会武道研修生Matthewがたずねました。

日本では、

①妻を紹介するとき「私の家内の〇〇です。」と言う。

②妻が紹介するときは「私の主人の〇〇です。」

そして、

③家で妻が主人を呼ぶとき「あなた!ご飯です!」という。 

 家内、主人、あなた!どうしてでしょうか?不思議がっていました。

In Japan:

① When introducing one's wife, one says, "This is my *kanai* [lit. 'inside the house'], [Name]."

② When a wife introduces her husband, she says, "This is my *shujin* [lit. 'master'], [Name]."

And,

③ When a wife calls out to her husband at home, she says, "*Anata* [lit. 'you']! Dinner is ready!"

*Kanai*, *shujin*, *anata*—why are these terms used? People found it intriguing.


AI(人工知能)たずねて見ました。

外国の方が不思議に思うのも無理はありません。これらは日本の「歴史的な家制度・性別役割分担」や「遠回しに敬意を示す日本語独特の文化」から生まれた呼び方です。

それぞれの由来と理由を詳しく紐解くと、文化の違いが見えてきます。

① 妻を紹介するとき:「家内(かない)」

  • 由来: 漢字の通り「家の中にいる人」という意味です。

  • 背景: 明治時代以降、男性が外で働き、女性が家を守るという役割分担が定着しました。また、日本の謙譲(自分や自分の家族を低く言って相手を高める)文化において、「外でバリバリ働いているわけではない身内」として紹介するニュアンスから使われるようになりました。

  • 現在の変化: 共働きが増えた現代では「女性を家の中に押し込めているように聞こえる」と感じる人も多く、若い世代を中心に「妻」や「パートナー」と言い換える人が増えています。

② 夫を紹介するとき:「主人(しゅじん)」

  • 由来: 本来は「家の主(あるじ)」という意味です。

  • 背景: かつての日本(旧民法下)では「家父長制」があり、夫が一家の主として絶対的な権限を持っていました。へりくだる文化の中で、公の場で夫を「わが家の主です」と立てて紹介する言葉として定着しました。

  • 現在の変化: 「主従関係を感じさせる」「対等ではない」という理由から、近年は「夫」や「配偶者」と表現する人が一般的になってきています。

③ 家で夫を呼ぶとき:「あなた!」

  • 由来: 「あなた(彼方)」はもともと「あちらの方角・遠く」を指す言葉でした。

  • 背景: 日本では古来、目上の人や大切な人の本名を直接呼ぶことは「ぶしつけで失礼なこと(避諱/ひき)」とされていました。そのため、名前を直接呼ばず「あちら(遠く)においでの方」と間接的に指すことで、敬意と親愛を込めたのが始まりです。これが江戸〜明治時代を経て、妻が夫へ呼びかける言葉として定着しました。

  • 現在の変化: 現代の家庭では、名前(〜さん、〜くん)、ニックネーム、あるいは子供が生まれると「パパ」「お父さん」と呼ぶスタイルが主流で、「あなた」と呼ぶ夫婦は年配層に多くなっています。

外国人の方へ説明するときのポイント

西洋では名前(ファーストネーム)を呼ぶことが愛や親愛の証ですが、日本の伝統文化では「あえて名前を直接呼ばず、遠回しに敬意を払う(あなた)」ことや、「社会的な役割(家の中/家の主)で表現する(家内・主人)」ことがマナーとされてきました。

ただし、これらは昭和中期までの価値観を強く残した表現であり、今の日本でもジェンダー観の変化とともに「夫・妻」「名前呼び」へシフトしている過渡期にある、と伝えると納得してもらいやすいでしょう。





2026IKKO Japan定時会議において「拳法会国際親善交流規約」と豪ワーキングホリデーVisaの創設、ホームスティー制度につき話し合った。 

 2026IKKO Japan定時会議において2と3につき改善の意見が出た。  そこでAIにワーキングホリデーVisaの創設と拳法会国際親善交流規約制定の経緯を聞いてみた。1970年代は、1豪ドル=400円台、カンタス航空券30万~40万円(現在価格100~150万)でした。そこ...