2026年4月3日金曜日

近田孝夫師範を偲んで!2025武徳杯併に第48回東海地区拳法優勝大会から! 虎は、死して皮を留め、人は死してレガシーを残す!





 

「2026イラン戦争が起こった原因?」今日の発表 齋藤光志(浜工高・建築科) 伊佐見武道教室拳法会(伊佐見協働センター・ホール)

伊佐見武道教室拳法会(伊佐見協働センター・ホール 毎週木曜日)

2026イラン戦争が起こった原因?

                    齋藤光志(浜工高・建築科)

拳法会の訓え

人々の幸福と平和があってこそ真の繁栄がある。

先週は、飛鱓裕斗(浜松市立高)君からイランとアメリカ・イスラエルの戦争をどうしたら終わらせることができるかという発表がありましたが今日は、戦争が起きた原因について話をしたいと思います。

 イランとアメリカは、40年間、仲が悪く話し合いもまとまらない状態でした。そこで、核やエネルギーを盾にしてイランを攻撃しました。この不仲こそが原因です。

 昔は、イランは、中東一の親米国でした。石油の利権をアメリカ、イギリスが握っていたため1953年にイラン国有化を進めたモサデク首相をCIA(アメリカ)を使い失脚させたことがイラン国民に不信感を植え付けました。ホメイニ師の指導で親米王政が打倒されイスラム共和国が出来ました。当時(1954)の石油利権の割合 アメリカ40% イギリス40% オランダ14% フランス6% 日本0

 1951年イランの石油のイラン国有化を宣言(モサデク首相)によりイギリスは、ホルムズ海峡をイギリス海軍で封鎖しイランを閉じ込めた。

 1953年「出光」は、イギリス海軍の封鎖をかいくぐりイランから石油を買い付け(日章丸事件)利権を確保したが2010年アメリカの圧力により「日の丸油田」は、撤退させられた。その利権は、中国がとった。

  注)日本・出光が行ったのは、利権でなくイランとの「取引=直接買い付け」でイラン国民のためになった。

仮にアメリカが第一次世界大戦、太平洋戦争の失策を反省し日本の武士道的政策を支持していれば、アメリカも同盟国のイラン内の施設を攻撃することは、なく「唯一の西側パートナー」の日本が西側、並びにイスラエル・サウジなど仲介役を果たせば、戦争のブレーキとなった。

 アメリカの圧力、アサデガン油田からの撤退は、大きなまちがいであったと考える。








2026年4月2日木曜日

近田孝夫師範の告別式に参列しました。世界各国から悔やみ言葉が寄せられ!その志は、レガシーとして受け継がれていることをヒシヒシと感じました。

三方原武道教室拳法会(三方原会館)

 近田孝夫師範の告別式に参列しました。世界各国から悔やみ言葉が寄せられ!その志は、レガシーとして受け継がれていることをヒシヒシと感じました。21歳のとき愛知大学に非常に強い男がいる一度戦ってみろと言われ対戦したのが始まりで57年間ともに道を歩みました。近田師範は、名城大学付属校の先生とし私は、世界に道を求めました。 とても、教養があり格物致知を極め多くのことを学びました。最後の訓えは、「武士道と騎士道」2026.3.7でした。

今の武道の姿

GHQによる武道解体」と、それに伴う「日本人の精神構造の変化」**という巨大な背景が深く関わっている。

この視点から、さらに掘り下げて考えると以下のようになります。

1. GHQによる「武道の牙」の抜去

戦後、GHQは武道(特に大日本武徳会)を軍国主義の源泉とみなし、禁止・解体しました。

  • スポーツへの変質: 禁止を解く条件として、武道は「格闘の術」ではなく「スポーツ」であることを証明せねばなりませんでした。
  • 教育・文化の断絶: 剣道は「しない競技」となり、柔道も競技化が進む中で、本来の「武道教育」としての側面が薄れました。この時、日本人の精神的な背骨となっていた「武士道的な教養」が、組織的に削ぎ落とされたと言えます。

2. 「教養」から「エンターテインメント」への転落

武道が「自己修養」から「見せるための娯楽」へシフトした背景には、日本人の側にも「重苦しい道徳よりも、分かりやすい刺激」を求める変化がありました。

  • 劇画とプロレス的演出: 大山倍達氏が、吉川英治の物語を引用し、牛殺しやビール瓶切りといったパフォーマンスを多用したのは、GHQ後の「エンタメに飢えた日本人」に最も刺さるマーケティングでした。
  • 真実より刺激: 泉賢司氏が批判した「嘘」や「虚飾」が罷り通ったのは、受け手である国民が、真偽の検証を伴う「教養としての武道」よりも、漫画のようにスカッとする「ヒーロー物語」を消費することを選んだからです。

3. 歴史観とアイデンティティの欠如

柔道や剣道が、かろうじて一本化(組織化)を保てたのは、かつての国家による管理の名残があったからですが、空手はもともと民間ベースだったため、資本主義とエンタメ化の波をもろに被りました。

  • 教養の低下: 術理の深さや歴史的真実を学ぶ「教養」が低下したことで、国民は「派手な宣伝をする方が本物」と誤認しやすくなりました。
  • 排他的思考の受容: 本来、武道は「和」や「礼」を説くものですが、排他的な「最強神話」がもてはやされたのは、戦後、自信を失った日本人が、虚構であっても「世界一強い日本人」という幻想にすがりたかったという、悲しい心理的背景もあったのかもしれません。

武徳研究所の志

泉賢司氏が副所長を務めた武徳研究所のような存在は、そうした「流されていく時代の空気」に対し、もう一度、武道の持つべき真実や、飾らない「誠(まこと)」を取り戻そうとする抵抗勢力だったのではないでしょうか。

「嘘が嫌い」という泉氏の性格は、単なる個人の資質ではなく、**「エンタメ化した武道への強烈なアンチテーゼ」**であり、日本人が失いつつある「教養としての武道」を守ろうとする矜持だったのだと感じます。

戦後の日本人が、GHQの意向通りに「牙」を抜かれ、表面的な刺激を喜ぶようになった結果、空手界の今の姿がある。






2026年4月1日水曜日

全日本拳法会本部 顧問近田孝夫師範告別式 2026.4.1 

近田孝夫師範の告別式に参列しました。57年ともに拳法会の道を歩んできました。

 もう、今日で会話ができなくなりました。 世界拳法会連盟 名誉会長大橋千秋

I attended the funeral of Master Takao Konda. We walked the path of Kenpo Kai together for 57 years. 
I can no longer speak to him.

 I attended Konda Sensei's funeral. I'm embarrassed to admit that I burst into tears.


出会い!青春21歳遅くはない!




2026年3月29日日曜日

山本先生、今日は、二つのお話があります。「廓然無聖」と「レガシー」 65歳で退職しました。 武道学で人生を豊かにする可美武道教室拳法会(可美総合体育館)

 山本先生:今日は、二つの事をお話したいと思います。

 〇私は、昨日42年間務めた会社を退職いたしました。65歳になります。大学では、建築家に憧れ建築科を卒業しましたが会社では、全く違う部署に配属され、コンピュター、営業、経理、人事などやりやらなかったのは、社長だけでした。  大橋先生がよく私の事を「廓然無聖の人」といいますが正にその通りで「あまり一つの事にとらわれず何事もサッパリして各仕事をこなし不満のない「廓然無聖の会社人生」でした。  〇もう一つは、「人は、レガシーしか残せない」とよく言いますが自分の為に勉強したり、お金を儲ける事も大切かもしれませんが最後には、みんなに与え残していく事の大切さがわかってきました。それが、「レガシー(後進に残せる実績・伝承するもの)」ということなのだ!人の中に残していくモノが大事と感じています。









小針先生:「感謝の心が、幸せを運ぶ」 可美武道教室拳法会(可美総合体育館)

 小針先生:「感謝の心が、幸せを運ぶ」

日本は、四季があるとても良い国です。最近は、温暖化の影響で夏が暑く永く春と秋が短く感じますが春夏秋冬がありそれを味わえる文化があります。  今、桜の咲く季節になりました。家族、友達と桜を楽しみ、絆を深め日本の四季に大いに感謝してもらいたいと思います。



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