「牛島の前に牛島なし、牛島の後にも牛島なし。」と言われた偉人。木村正彦の師匠でもあり、国士舘の師範でもあり、小生が在学中~にお言葉を頂き、ご指導~を受けた恩師です。ラッキーでした。今も鮮明~に覚えています。安齋悦雄氏(元静岡県警柔道師範)は、拓大卒で木村正彦は師範で、その恩師が牛島先生で有るので皆さん拓大でありますが、国士舘の館長が同じ九州出身である関係で特別にお呼びしたと考えます。柴田館長~は、そんな人物です。(多分?) タケシちゃん老兵拝
「牛島の前に牛島なし、牛島の後にも牛島なし。」これ「木村の前に木村ない・・・では??」 牛島先生の異名は「常勝牛島」!!
中島は、その後、オーストラリアTas警察士官学校の教官となり柔道、合気道、柔術、居合道の普及に貢献している中で異種格闘技と真剣勝負をして回っていた。拳法会の大橋千秋と榊原清司に出会い意気投合し中島の計らいで大橋、榊原もオーストラリアTas警察士官学校で指導をするようになる。
ここでも若き血潮がたぎり豪Tas警察士官学校の武道場を血で染め解雇されそうになるが彼らを助けたのが中島と後にオーストラリアTas警察士官学校の校長になるコーリン・ホアゲティー警部である。
オーストラリアTas警察士官学校のコーリン・ホアゲティー校長
大橋は、ブリスベン大レスリング場で若手プロレスのテーラーと対戦、重傷を負わせ逮捕、国外退去を命ぜられるがこの時も助けたのが中島とコーリン・ホアゲティーである。







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